静岡地方裁判所 昭和39年(わ)367号 判決 1965年4月22日
被告人 宮川明彦
昭八・一二・二六生 無職
斉藤信幸
昭九・六・一三生 無職
主文
被告人宮川明彦を懲役二年に処する。
被告人斉藤信幸を懲役一年三月に処する。
未決勾留日数中、被告人宮川明彦に対して二五〇日を、被告人斉藤信幸に対して二一〇日をそれぞれ右刑に算入する。
訴訟費用中、国選弁護人平井広吉に支給した金額は被告人宮川の単独負担とし、その余(証人長谷川勲等に支給金額)は被告人宮川、同斉藤両名の連帯負担とする。
押収に係る名刺三枚(昭和三九年押第一二五号の七、九、一〇)診察券一枚(同号の八)及び証二枚(同号の一一)は山崎実に還付する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人宮川明彦、同斉藤信幸両名は、外数名の者と共謀の上、
第一、昭和三十九年四月九日午後三時四十二分ころ、東海道線磐田駅停車中の上り準急東海四号の七号車後部デツキにおいて、乗客山崎実着用のオーバー右内ポケツトから同人所有の現金六百円位及び名刺、紙片等六枚位在中の鹿革製二つ折財布一個(財布の価格五百円)位をスリ取り窃取した
第二、同日午後四時十四分ころ、前記準急東海四号の九号車後部デツキにおいて、乗客岡本祐吉を取り囲み、被告人宮川明彦において、右岡本の背広上衣右内ポケツトから金品をすり取ろうとして、同ポケツトに手を差しのべ、それに手を入れたが、警察官に発見阻止されたためその目的を遂げなかつた
ものである。
(証拠の標目)(略)
(有罪認定の理由)
本件記録に現われた各証拠によると、判示犯行の当時、いわゆる常磐グループと称するスリ集団が三島市を根城にして活動し、被告人宮川、同斉藤等は、右集団と行動を共にしていたものであるところ、被告人等は昭和三十九年四月八日名古屋市に到り、同所に一泊後、翌九日、名古屋駅にて沼津駅までの乗車券を購入して名古屋駅発午前十時四十二分の上り普通列車に乗車したが、同日午後〇時十五分頃、豊橋駅には途中下車して準急券(押第一二五号の二、五)を購入し、午後三時五分同駅発上り準急東海四号に乗り換え、午後三時四十分頃、磐田駅にて一旦ホームに降りて前方七号車後部デツキに乗り移り、判示第一の窃盗をなし、ひき続き右列車に乗車し、午後三時五十分頃、掛川駅にて、再びホームに降りて前方九号車後部デツキに乗り移り、判示第二の窃盗をなした際、被告人等をスリ犯として尾行していた警察官酒井猛等に現行犯として逮捕されたものであるが、被告人等は本件犯罪事実(共謀の在存、内容及び実行行為等)のすべてを否認して争うので附言するに、判示第二の窃盗未遂の事実は、現行犯人逮捕という事情もあつて、前記証拠、特に証人酒井猛、飯田守、天野伊三の各証言及び被告人等に対する現行犯人逮捕手続書等により、被告人等の犯行であることを認める証明十分であるところ、判示第一の窃盗の事実については、直接証拠がなく、被害者である山崎実は公判廷で、昭和三十九年四月九日午後三時四十二分頃、列車が磐田駅を発車する際に、三十才前後の男数名が、ドヤドヤと乗り込んで来て、七号車後部デツキにいた自分を強く押して倒しそうにした、その時にオーバー右内ポケットから現金六百円位と名刺紙片等(押第一二五号の七、八、九、一〇、一一)在中の財布をスリ取られたように思う旨を証言しているが、被告人等が右数名の中にいたかどうか知らないし、誰に財布をスラれたか明らかでない旨を証言し、また警察官天野伊三等が、判示第二の窃盗未遂の犯行により、被告人等を現行犯逮捕した際、その現場に判示第一の窃盗の被害者山崎実所有の前記名刺等が落ちていたのを発見した事実のみであり、しかも、誰がこれを現場に捨てたかどうかという点は明らかでないから、これ等の情況証拠だけからでは、判示第一の窃盗の事実を認めるにつき、証明に十分でないとも考えられる。しかし、ひるがえつて、更に審究すると、右第一の窃盗の事実は、判示第二の窃盗未遂の事実と時間的にも、場所的にも共に接着し、その犯行の方法と態様も同類であつて、両罪事実は互に密接かつ一連の関係にあるものと見られるから、そうであれば、判示第二の窃盗未遂の事実が証明された場合には、この事実は、判示第一の窃盗の事実との関係において、同事実の存在を必然的に推理する蓋然性があり、右窃盗の事実も被告人等の犯行であるとする関連性が認められるし、またそれは情況証拠として、高い証明価値があるものとして許容することができるのである。勿論、一般的には、窃盗犯人が、以前に他の窃盗をした事実があるということは、起訴にかかる窃盗も、その人の犯行であるとすることは、刑事司法上の政策及び公正の立場から排除されなければならないが、この他の犯罪証拠排斥の原則は、前述の通り、両犯行が密接に連結して相互に補足する関係にある本件の場合には適用がないのである。
思うに、刑事裁判における犯罪事実の認定においては、証拠が適法なものであるならば、証拠を評価し、かつそれから推理するについては、一定不動の法則というものはないのであつて、事件の個々の性格、特色に応じて常識と叡智によつて秤量判定しなければならないところ、近時スリ窃盗による被害が多発しているにもかかわらず、この種の犯罪は、現行犯逮捕による以外には犯人の発見は困難であり、しかも、組織的、計画的集団犯罪事件において、被告人等は、通常、犯罪事実を否認するから、自白の獲得は、他の一般事件に比し困難である実情に鑑みると、斯る事件の裁判に当つては、実体的真実を発見し、公共の福祉を維持する重要な使令を具現するために、犯罪事実の証明の有無の判断と証拠の価値の秤量とにつき単に被告人等の供述の些細な矛盾不統一に拘泥することなく、よろしく事件の有つ特色を考慮し、直接証拠は勿論、あらゆる情状証拠を活用して、その心証を形成しなければならないのであり、またいわゆる疑わしきは被告人の利益に解するという刑事裁判上の実践はあるとしても、軽軽るしく、これが隠れ蓑に逃避してはならないのである。
要するに、本件列車内の集団スリという本件事件の特殊的性格に対応して、前記各証拠をあれこれ総合して考えると判示全事実はすべてその証明があるというべきである。
(累犯前科)
被告人宮川明彦は昭和三十二年九月二十四日福島地方裁判所平支部において暴行傷害罪により懲役六月、昭和三十五年五月十一日水戸地方裁判所において窃盗、同未遂罪により懲役三年に各処せられ、
被告人斉藤信幸は昭和三十三年一月三十一日仙台地方裁判所において公務執行妨害罪により懲役一年、昭和三十五年二月五日福島地方裁判所平支部において、暴行、強盗、傷害罪により懲役四年に処せられ
被告人等がいずれも本件犯行当時右刑の執行を終つたことはいずれも同人等の前科調書により認め、
なお被告人斉藤信幸は昭和三十九年三月二十五日平簡易裁判所において暴行罪により罰金一万円に処せられ、同年四月十五日右裁判が確定したことは同被告人の前科調書により明らかである。
(法律の適用)
被告人斉藤信幸の本件の罪は、同被告人が前記の通り平簡易裁判所において、罰金一万円に処せられた暴行罪とは刑法第四十五条後段の併合罪であるから、同法第五十条により更に処断するが、被告人宮川明彦、同斉藤信幸の判示所為中、第一の窃盗の点は、刑法第六十条、第二百三十五条に該当し、判示第二の窃盗未遂の点は、同法第六十条、第二百四十三条、第二百三十五条に該当するところ、被告人等にはそれぞれ前示前科があるので刑法第五十九条第五十六条第五十七条によりそれぞれ累犯加重をなし、以上はそれぞれ同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条本文第十条により、それぞれ重い第一の窃盗罪の罪の刑に法定の加重をなし、同法第十四条の制限内で被告人等をそれぞれ主文の刑に量定処断し未決勾留日数の通算につき、同法第二十一条を、訴訟費用の負担につき、刑事訴訟法第百八十一条第一項、第百八十二条を押収の臓品の還付につき同法第三百四十七条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 相原宏)